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ミニマリストの生活が病気、気持ち悪いといわれる理由

ミニマリストの生活が「病気」「気持ち悪い」といわれる理由

こんにちは友幸です。

 

「ミニマリストを目指します」という声と同じくらいに「ミニマリストは気持ち悪い、病気でしょ」という拒否反応もよく耳にする。

今回はミニマリストを自称するわたしが、どうしてミニマリストは気持ち悪いのか考えてみたよ。

ミニマリストが病気、気持ち悪いといわれる理由

ミニマリストが気持ち悪いと思う理由は簡単だ。

ミニマリストには思想を感じるからだ。

 

特に日本は無宗教の国なので、思想や宗教への抵抗が他の国よりも強い。

(正月に神社に行ったり、寺巡りをしたりしているが、色々な宗教のイベントがごちゃごちゃになっているため、個々の宗教色が薄くなっている。)

 

ミニマリストの何もない部屋を見ると、異質すぎてその背景に思想を感じずにはいられない。

海外のミニマリストも、ミニマリストになった当初は「何かの宗教にはまっている」と周りに思われていたそうだ。

 

物を捨てることを「断捨離」というが、この言葉も仏教用語の「断舎利」が元になっている。

だからといって「断捨離」という言葉に思想性はあまり感じない。

断捨離の元の意味は形骸化しているので「断捨離」という言葉を使うことにまったく抵抗はないだろう。

ミニマリストと近い言葉にシンプルライフがあるが、シンプルライフにも思想がほとんど感じられない。

 

しかしミニマリストには、どうしても背後に思想を感じてしまう。

それが気持ち悪い要因となっている。

ミニマリズムの意味

Webの辞書でミニマリストの意味を調べてみると、

「一般的には、余計な者を一切持たずに必要最低限度の持ち物だけ身の回りに置いて生活する人を指すことが多い」

と書かれている。

 

それでは、どうしてミニマリストは「最小限の持ち物で暮らす」必要があるのだろうか?

ミニマリストの人の本を読んでみると大抵の場合「自分の大切な目的に集中するため」だと書かれている。

 

「自分の大切な目的」以外のものは極力排除してノイズを減らす。

そのために、持ち物も最小限にするという理屈だ。

ミニマリストにはこのように、ただ持ち物を減らすだけではなく、根底に思想がある。

 

そこがシンプルライフと違う点だ。

シンプルライフはなんとなくシンプルな暮らしをするというイメージしか湧いてこない。

 

そしてミニマリストはシンプルライフと違い、人を指す言葉であることにも注目してほしい。

ミニマリストのような「〇〇リスト」という言葉は「〇〇を主義とする人」を指している。

つまり何かの思想を持った人のことを指している。

ミニマリストという名前も、シンプルライフには感じられない思想を感じる原因だろう。

ミニマリストには意識の高さを感じる

ビジネス本を読むと、シングルタスクや、1点集中して物事をやりとげることの重要性を説いた本が数多くある。

 

そこには「大切なものだけに集中して他のことはやらない」ことで、仕事の効率があがり、余裕も生まれ、成功を収めることができるという夢のような内容が書かれている。

それらの本は「あなたがこれを実行すれば、成功できますよ」とささやきかける。

 

どこかで聞いたことがないだろうか?

そう、これはミニマリストの思想ととても近いものだ。

 

海外のミニマリストも、エッセンシャル思考などのビジネス本を自身のブログで紹介しているように、これらのビジネス本とミニマリストの考えは非常に近いものがある。

 

ミニマリストの部屋を見るということは、背後にあるミニマリストの思想を見せられているのと同じだ。

つまり意識の高いビジネス本を見せられているのとほとんど同じ効果を持つ。

 

意識の高い本に興味がある意識の高い人であれば、それでも問題ないだろう。

 

しかし、多くの人は、なんか気持ち悪いと思ってしまうのではないだろうか。

それは、ミニマリストの持ち物や部屋をみると「目的以外のものは排除してます」という背後にある思想を感じさせるからだ。

ミニマリストで幸せになる?

ミニマリストが気持ち悪いと思われてしまう理由がもう一つある。

それは「ミニマリストになると幸せになります」だったり「ミニマリストになって本当によかった」という主張があることだ。

 

先に紹介したビジネス本も「これを実践すればあなたは成功します」といっているんだから、同じような事なんだけど、ビジネス本ははっきりと成功を目標にしているのに対して、ミニマリストの思想は少し見えにくい。

持ち物が少ない人=ミニマリストだと思っている人も多いはずだから。

 

そのせいで「持ち物を減らすだけでなんで幸せになれるの?宗教?」と気持ち悪さを増長している感はある。

 

まぁわたしもポジショントークで「ミニマリストはいいよ」といってるんだけどね。

どうしてミニマリストには制服化が必要なのか?

ミニマリストは着る服を統一して制服化することを好む。

どうして制服化をする必要があるのだろうか?

 

よく服を制服化する時に耳にするのが「服を選ぶ時間を最小限にするため」という理由だ。

しかし本当にそうだろうか?

 

それなら、制服化しなくても、似たような服でも一緒じゃないだろうか。

例えば白シャツと黒いパンツという組み合わせなら、別に同じ服を何着も用意しなくてもいいだろう。

同じ種類のアイテムを揃えれば事足りるはずだ。

 

「服を選ぶ時間を最小限にするため」に制服化する必要は全くないんじゃないだろうか。

この理由はどうしても建前であるようにしか思えない。

じゃあ制服化する本当の理由はなんなのだろうか?

制服化は周りによりアピールできる

あえて制服化する理由、それはミニマリストであることの表明と同じだ。

「服装なんかよりもっと大切なものが自分にはあるんですよ」と周りにアピールするためだ。

 

そして、制服化を生み出した背景には、SNSの普及が欠かせない。

なぜなら、同じ服を着るだけでは制服化にはならないからだ。

 

同じ服を着るだけだと周りに

「あの人いつも同じ服を着ているよね。お金に困っているのかな」

と思われるだけで終わる危険性が非常に高いためだ。

 

それは、ミニマリストの本望ではないだろう。

周りの人に「かわいそう認定」されずに、同じ服を着ている理由を説明するためには、エクスキューズする場が必要になる。

そこで活躍するのがSNSだ。

SNSが制服化を推し進める

昔は一般の人が意見を表明するのは、難しかった。

スティーブ・ジョブズのような有名人ならインタビューを受ける機会が何度もあるだろうが、普通の人ではそんな機会もめったにないだろう。

しかし今は違う。

SNSが普及したおかげで、誰でも自分の意思を「文章を通じて」表明することができるようになったからだ。

 

文章で語るというのが非常に重要だ。

同じ服を着ているだけだとただの「かわいそうな人」になってしまうから、「なぜ制服化をするのか」ストーリーを語る必要がある。

文章でストーリーを語ることによって始めて「同じ服を着ている」ということが「制服化」として認められ、機能するようになる。

 

文章で制服化の意味を語ることで「同じ服を着ているかわいそうな人」だったのが、「制服化している意識の高い人」に180度意味が転換されることになる。

 

これは「キリスト教がもともと強者の原理で動いていたのに、のちの僧侶たちによって解釈を変えられ、弱者を救うための宗教になった」というニーチェの意味の転換に近いものがある。

今までと同じものを全く逆の意味に変換する。

 

すると似たような服を着るのではなく、あえて制服化する理由もわかるようになる。

 

毎日同じ服を着ているということを周りに示すことで、「わたしは服なんかに興味がないんですよ。他にもっと大事なことがありますから!」というアピールをより強固にできる。

 

これは制服化でないと効果が薄い。

似たような服だと「服に興味がないアピール」が服でできないので、相手に気づかれない可能性があるからだ。

 

つまり、SNSで自分のストーリーを語り、同じ服を着る理由付けをして「かわいそうな人⇒意識の高い人」に価値を転換した後に、同じ服を着ていることを周りにアピールすることが制服化の狙いだ。

 

制服化することで、より周りへのミニマリストアピールを強固にすることができる。

これがミニマリストが制服化を執拗に重視する理由だ。

 

そして意識高すぎる人がうざいように、多くの人にとって制服化をした人はなんかうざく感じる。

ミニマリストアピールを常にしているのだから当り前だろう。 

 

極端にモノを減らすミニマリスト

ミニマリストは、持ち物を減らすあまりことにやっきになりすぎて、持ち物減らし合戦に陥りやすい。

そのせいで、必要なものを減らしてしまい、本来の目的に遠ざかる危険がある。

 

例を出すと、わたしは今住んでいる部屋が狭いので、洗濯機を捨てて、今は洗濯物を手洗いしている。

これははっきりいって時間の無駄だ。

洗濯機が置ける部屋なら、普通に置いて洗濯した方が絶対にいいだろう。

 

わたしは、時間という限られたリソースをできるだけ自分のために使いたいと思っている。

そのためにセミリタイアを目指したし、その過程でミニマリストを取り入れた。

 

それが部屋に何もない状態を作りたいがために、白物家電を全て捨てたらどうなるだろう。

毎日買い物に行って、毎日手洗いをする羽目になる。

時間を節約したいと思っていたのに、物を減らすことにとらわれてしまっては 本末転倒だ。

持ち物を減らし過ぎることは、ある一定のラインを超えると明らかに不便になる。

 

しかしそれにもかかわらず、ミ二マリストは持ち物を減らそうと躍起になり、先鋭化していく。

なぜならそこで利益を得る人がいるからだ。

 

例えば、わたしがブログでミニマリストのことを書く。

もしその記事にアクセスがあれば、グーグルアドセンスから広告料がもらえる。

 

同じようにミニマリストを先鋭させることで利益を生み出す人がいる。

物を減らし続けることで利益を得る

物を減らし過ぎると不便になる。

しかし、どんどん物を減らしていくことで、利益を得ることができるならどうだろうか?

不便を補って有り余る利益が。

それなら何も問題はない。

どんどん物を減らすだろう。

 

ミニマリストの純度を高めていくことで利益を生み出せるのであれば、ミニマリストが目的化していくのは当然だ。

ミニマリストが方法論や手段ではなく目的化すれば、モノを減らすことに何の躊躇もないだろう。

 

そして次第に

「ミニマリストになると幸せになります。講演会はこちら」

「ミニマリスト最高! 講座はこちら」 

といった具合になる。

 

極端に何もない部屋はパッと見でわかりやすく、大きなインパクトを与えることができるので、メディアの食いつきもいい。

メディアが先鋭化したミニマリストの極端にモノが少ない部屋を見せるようになる。

 

それを見た多くの人が「やっぱりミニマリストは気持ち悪い」「病気だ」と思ってしまい、負のスパイラルが生まれることになる。

まぁミニマリストに限らずこういうのは、よくある話だよね。

ブロガーとかさ。

 

うっかりミニマリストを先鋭化することで利益を得ている人の真似をしてしまうと、確実に不便になるのでやめておこう。

そのあたりはしっかりと見極めて、自分の基準で選択するようにしよう。

まとめ

  • ミニマリストは背後に思想を感じるから気持ち悪い
  • ミニマリストの思想は意識高い人と似ているのでうざい
  • ミニマリストの思想はビジネス本と近いが、より見えにくいので、うさんくさく映る
  • 制服化は思想をより強く周りにアピールするために行われる
  • ミニマリストをガチガチに強調することで利益を得る人がいる

ミニマリストが「病気」「気持ち悪い」と思われる理由を考えてみた。

 

最後に一応言っておくと、わたしはミニマリストを推奨する側の人間だ。

利益を得ている人たちも、自身のブランディング戦略の結果そのポジションを獲得しているわけなので偉いと思う。

 

ただモノを減らせば「幸せになる」とか、そういう精神的なメリットについては、過度な期待はしない方がいいと思う。

せいぜい、物理的にモノが減って、部屋の掃除がやりやすくなることくらいだろう。

 

ミニマリストは「モノを持たない人」というイメージが強すぎて本当に大事な「1点集中の思想」が見えにくくなっている。

「1点集中の思想」の方がはるかに重要なので、モノを減らす暇があったら、自分が集中する目的と、そこに至るための手段を明確にした方が有益だろう。

 

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