こんにちは友幸(@humberttomoyuki)です。
最近、佐々木典士さん著「ぼくたちに、もうモノは必要ない」を読んだ。
この本はまさに「ミニマリストまとめ本」と呼ぶにふさわしい内容。
ミニマリストになるための、実践的なアドバイスから精神的な部分までの項目が網羅されている。
内容が多岐にわたるので、一度で読んで終わりではなく、手元に置いておいて何度か読みなおすのがいいかもしれない。
ミニマリストのメリットを論理的に説明しているので、9つにわけて順番に紹介していく。
それではいってみよう。
情報に対する人間のキャパシティは昔から変わらない
人間の脳は5万年前からほとんど進化していない。
コンピュータに例えると、脳はハードディスクであり、メモリであり、プロセッサの役割をはたしている。
その脳が5万年前の旧式のまま、変わっていないのだ。
クロマニヨン人と現代を生きるわたしたちの脳の性能は同じと言うわけだ。
しかし、情報は違う。
ここ20年あまりのITの進化によってわたしたちが触れる情報は増大し続けている。
総務省が実施した「情報流通インデックスの計量」によると2004年までは情報消費量と流通情報量は拮抗していたが、2004年以降は流通情報量が増え続け、2009年には流通情報量は情報消費量の2倍になっている。
現代の日本人が1日に受け取る情報量は、江戸時代に生きた人の1年分とも一生分とも言われているらしい(このへんは曖昧である)。
わたしたちが一度に処理できる情報はクロマニヨン人の時代から変わらないのに、情報だけが増大し続けているというわけだ。
そのためわたしたちは情報過多によって、いつもメモリとCPUの容量がイッパイイッパイの重いパソコンのような状態に陥っている。
人間は1日に6万のことを考え、そのうち95%は昨日と同じことを考えていて、さらにそのうちの80%はネガティブなことを考えている。
処理が追いつかず頭がフリーズしてしまい、やるべきことはたくさんあるのに「だらだたしたり」する。
この効率の悪い状態から抜け出すためには、起動しているアプリをひとつひとつ終了させていく必要がある。
モノによる「沈黙のTO DOリスト」
モノが増えると集中力が落ちる。
なぜか?
モノは所有するだけで常にメッセージを発しているからだ。
使われていないモノほど、「早く使ってくれよ」という強いメッセージを放ってくる。
モノが増えると、この沈黙のメッセージも当然増える。
未読の本からは「早く読んでくれよ」というメッセージが発せられるし、いつも使っている机からも「そろそろ掃除したほうがいいんじゃない」というメッセージが発せられる。
モノからの無言のメッセージを「沈黙のTO DOリスト」と呼ぶ。
モノを増やすことで「実際にやるべきTO DOリスト」に加えて「沈黙のTO DOリスト」は積み重なっていく。
無言のメッセージの上、期限もないためほったらかしになり、モノが増えるごとに情報量が増え脳のキャパシティは圧迫されていき、集中力が落ちて行く。
本来やるべき大事なこともこの「沈黙のTO DOリスト」により作業効率がおちてしまう。
「沈黙のTO DOリスト」を減らすにはモノ自体を減らして「沈黙のTO DOリスト」のリストを減らしていく必要がある。
それでは何故、モノを増やしてしまうのか?
それでは何故わたしたちはみずからキャパシティを下げるためにモノを買ってしまうのか? その答えは「慣れ」にある。
わたしたちは日々、刺激を求めて生きている。
刺激に電気信号で反応しているだけの存在が人間であるともいえる。
刺激は「差」からうまれる。
真夏にキンキンに冷えたビールを飲むのが美味しいのはそこに「差」があるからだ。
そして真夏に生ぬるいビールを飲むよりも、冷えたビールを飲んだほうが美味しいと感じるのは刺激が大きいため、暑さとの対比として「差」がより大きくなるためだ。
落差が大きいほど刺激は強くなる。
しかしその刺激もやがて慣れてくる。
最初の一杯は旨いかもしれないが、その後飲み続けても、最初の一杯目の刺激を超えることはできない。
刺激に「慣れて」しまったためだ。
慣れてくるとそれが当たり前になってくる。
当たり前になると「飽きる」。
おなじように最新のファッションの洋服を買っても、慣れてくると当たり前になり飽きる。
飽きるとすぐに次が欲しくなる。
そのためにモノがどんどん増えていく。
しかし飽きるとわかっていながらどうして次々にモノを買ってしまうのか?
未来の感情は予測できない
この先、飽きることがわかっているのに、どうして人はモノを買い続けてしまうのか?
次に買ったものは、絶対に飽きないという保障がないのに。
それは人間の脳と関係がある。
わたしたちは、未来の感情を現在のフィルタを通して予測する。
未来を予測できるのはわたしたち人類だけだが、しかしその射程距離はわたしたちが考えている以上に短い。
例えば、買い物にいって洋服を試着したとする。
試着したジャケットはシルエットも綺麗で、素材もいい。
「これは一生ものだ!!」と喜んで、少し値段が高くても奮発して購入する。
このときわたしたちは初めて試着した時の興奮した気持ちを、ジャケットを着るたびに味わうことができると考えている。
1年後に同じ服を着ても同じように興奮するという考えが働く。
しかし実際のところ、1年どころか5回ほど着ただけで、このジャケットは自分にとって「当たり前」の服になる。
そして着る回数を重ねるほどこのジャケットに「飽きて」くる。
わたしたちは購入した時には未来の「飽きた」感情を想像することができない。
わたしたちの未来を見透す能力は、危険な外敵にあったときに、逃げるのか、戦うのか判断するための短期の未来を予測するために作られている。
そのため長期的なスパンの未来を予測できる能力をわたしたちはもっていない。
だから懲りずにモノを買い続けることになる。
環境は10%しか人の幸せに左右しない
人の幸せは50%は遺伝、10%が環境、残る40%は日々の行動に左右される。
環境には住んでいる場所、お金持ちか貧乏か、健康か病気か、既婚者か離婚経験者かなどあらゆる要素が含まれる。
最低限の安全と、食事と寝るところさえあれば、それがない場合に比べて劇的に幸せは高まる。
その後の環境の違いは幸せにわずかの差しかもたらさない。
どんな豪邸に住んでも、狭い部屋にすんでいても、大富豪でも貧乏でも環境での幸福への貢献は10%ということになる。
これはわたしたちがすべてのことに慣れてしまうことに原因がある。
幸運にも不幸にも人は慣れる。
それでも筆者はモノを捨てることにより、幸せを感じることができるようになったという。
環境は10%しか幸せに影響を与えないとしたら、モノを捨てても、たくさん所持していても同じはずだ。
「モノを捨てると幸せになれる」なんて胡散臭すぎるがこれにもちゃんと理由がある。
モノを捨てることにより行動が変わった
筆者は昔は汚部屋に住んでいたそうだ。
それが今ではミニマリストとして、ミニマムな生活を送っている。
そしてモノを捨てることによって行動が変わっていった。
この行動は幸せに40%の影響を与えている。それが最大の原因だ。
モノを捨てることによる行動が変わる理由
モノがあふれていた頃には掃除をするのが面倒くさくて1ヶ月に1回くらいしか掃除していなかったが、モノを捨ててからは毎日掃除できるようになった。
これは、性格の問題ではなく、単純に「モノが少ないから掃除が簡単にできる」からだ。
モノが多ければ多いほど、いちいち置いてあるモノを動かして掃除しなくてはならないため、時間がかかる。
当然掃除もいい加減になりがち、次第にさぼりがちになる。
しかしモノが少ないと簡単に掃除ができ、時間もかからない。
他にも家事や洗濯などもモノが少ないので直ぐに手早く終わらせることができ、溜めこむことがない。
日常の生活を自分で「コントロール」できているという感覚をつかむことができる。
この日常での小さな成功体験の積み重ねがプラスのフィードバックになって、自信につながる。
そして自信を持つことによって、積極的でポジティブな性格に変わっていく。
今までは、掃除や家事をできない自分を「情けない」と思いながらも、めんどくさいから、言い訳しながら過ごしていた。
それが「ミニマリストというシステム」を持ち込むことで自然にできるようになった。
「時間の豊かさ」は幸せにとって必要不可欠
わたしたちのもっとも貴重なリソースは「時間」である。
タクシーや新幹線を利用したりと、物理的な移動に関してお金で時間を短縮することはできるが、基本的にわたしたちの1日は24時間だ。
金持ちも貧乏人もそれは変わらない。
この「時間」は幸せにとって必要不可欠だ。
「時間の豊かさ」は幸せに直結し、「物質の豊かさ」はそうではない。
十分な金額の報酬をもらっていても、いつも何かの仕事に追われてストレスを抱えていると人は幸せを享受できない。
忙しすぎると余裕がなくなり、他人に対しても悪い面を見せることになる。
ミニマリストになりモノが減ると時間ができる。
ミニマリストになると家事、掃除の時間も少なくて済む。
モノを厳選して買うので、ショピングモールであれこれ見たりする必要もない。
必要ないものは購入しないからだ。
モノの無言のメッセージが消えたおかげで、脳のキャパシティに余裕ができ、仕事の集中力が高まるので、効率よくタスクを処理できるようになる。
そして余った時間の豊かさで幸せを感じることができるようになる。
デフォルト・モード・ネットワーク
最近の脳科学の研究では、「何もしていない」「ぼんやり」しているときにだけ働く脳の領域が存在することがわかった。
それが「デフォルト・モード・ネットワーク」だ。
この活動は「自己認識」、「見当識」、「記憶」のために使われている。
何もしていない時間は無益な時間なのではなく、自分を見つめなおす大切な時間。
客観的に「自分」について考える時間だ。
時間を贅沢に使うことがわたしたちにとって必要な時間であると科学的に証明された。
この時間は脳のメモリが一杯になって、「ダラダラ」過ごすこととは違う。
「ダラダラ」するのは脳にとって必要な時間ではなく、処理が遅くなっているだけだからだ。
まとめ
いかがだったろうか。
ミニマリストのメリットを、学者の意見を引用しながら述べている。
そのため、説得力がある。
上には書かなかったけど、実践編で実際に参考にしたいなと思ったのは、「瞑想をする」こと、「タオルを手ぬぐいに変える」この2点かな。
瞑想は単純に好奇心から瞑想するとどうなるのか試してみたい。
一度どこかで習ったらずっと家でできそうだし。
甘いかな。
タオルを手ぬぐいに変えたいのは、ジムに行くときかさばるのが嫌だから。
手ぬぐいだと乾くのも早いだろうしね。
本書の内容は多岐にわたり、読む人によって参考になる部分が違うはず。
一度読んでみることをおすすめする。