ハンバート友幸の庭

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仕事の生産性が上がったのに長時間働かないといけない3つの理由

仕事の生産性が上がったのに長時間働かないといけない理由

こんにちは友幸です。

 

ふと思ったことはないだろうか。

科学技術の発展により仕事の生産性は向上したはずなのに、仕事の量はちっとも減らず、わたしたちはいまだに長時間労働を強いられている。

 

ブラック企業と呼ばれる労働環境が劣悪な企業は数多く存在して問題になっている。

サービス残業は何時までたってもなくならないし、働き過ぎて過労死する人や、自殺する人も後をたたない。

 

現在の仕事を取り巻く状況は控えめにいっても健全な状態とはいえないだろう。

なぜわたしたちは、いまだに長時間働かなければいけないのだろうか?

仕事の生産性が上がったのに長時間働かないといけない3つの理由

わたしたちが長時間働き続ける理由を3つに分けて紹介する。

  1. 働くのが好き、楽しい
  2. 働かざるを得ない
  3. もっともっと働きたい

の3つだ。

 

それでは見ていこう。

働くのが好き、楽しい

働くのが楽しくて楽しくてたまらない。

だから働き続けるのも苦ではない。

 

労働は好きだからやるのであり、刺激を与えてくれ、自己を高め、人間関係を育み、人生を豊かにしてくれる。

労働はお金を得るための手段ではなく、仕事自体がよろこびや満足感を与えてくれる。

だから長時間働いても問題ないというわけだ。

 

確かに一部で面白い仕事は増えたかもしれない。

インターネットの普及によって、遊びと仕事の境界が曖昧になっている部分もある。

YouTubeにバラエティ動画やゲーム実況を投稿して収入を得るというYouTuberなどがその典型だろう。

 

「楽しい職場」にするため、ゲーミフィケーションを取り入れる会社もある。

 

しかし今でも相変わらず、大半の仕事は面白くない。

ほとんどの仕事は、単調な反復作業の繰り返しだ。

仕事の効率性を求めた結果、ひとりひとりの仕事が細分化し、単純化した。

マニュアル化された仕事を淡々とこなすことも少なくないだろう。

 

自分の仕事はわかるが、隣の人が何をやっているのかはさっぱりわからないし、自分にはできないということも普通にある。

 

面白い仕事や楽しい仕事というのは多くの場合、ただのうたい文句に過ぎない。

 

わたしはいまマクドナルドにいるので、マクドナルドの求人募集のパンフレットが手元にある。

せっかくなのでみてみよう。

 

パンフレットの表にはスタッフの人たちの写真が写っている。

みんな笑顔で仲が良さそうに見える。

 

そこには、

「バイトはいつも、笑って終わる」

「バイトの俺がホントの俺」

「教室よりも、笑えてる」

と手書き風の文字で書かれている。

 

「マックジョブ」という言葉がある。

マックジョブは「低地位・低賃金・単調・重労働」の仕事のことだ。

マクドナルドのようなファーストフード店での単調な繰り返し作業を揶揄して使う。

 

マクドナルドの職場が楽しいのであれば、ほとんどの職場は楽しくみんな愉快にやっているに違いない。

しかし、そうではないことは容易に想像がつくはずだ。

 

もちろん仕事をやっているなかで、楽しさや面白さがまったくないとは言わない。

全くなかったら、本当にやばい。

少しは達成感みたいなものをあるだろうし、喜びもあるだろう。

 

一部の人は仕事がいきがいになっているかもしれない。

しかしほとんどの人は一生働かないで済むお金が手に入れば、すぐに仕事を辞めるだろう。

働かざるを得ない

労働時間を減らしたくなるほど、所得が増えていないため余裕がない。

そのため長時間働く必要がある。

 

日本はバブル崩壊後の1997年(平成9年)をピークに平均年収が下がっている。

1997年の平均年収は467万円だったが、2015年の平均年収は420万円だ。

 

日本はモノづくり大国といわれていたとおり、元々製造業が強く工場も多かった。

しかし現在は技術が発達したおかげで製造業の機械化が進み、人手は昔に比べて必要なくなっている。

多くの工場は閉鎖したり拠点をコストの安い海外に移している。

 

かわりに現在では、飲食や接客などのサービス業の仕事が多くを占めている。

他と比べて、相対的に賃金水準が低いサービス業が多くなったことで、全体の年収は押し下げられている。

サービス業は、パート・アルバイトなどの非正規雇用の割合も多く、給料も安い。

 

アパレルや雑貨屋などは働きたい人が多いので、パート・アルバイト時給が最低時給に近いものがほとんどだ。

給料が安いので、長時間働かざるを得なくなってしまう。

 

長時間労働については、雇い主側の問題もある。

雇い主からすれば人を増やすと、教育や管理するコストがあがる。

他にも社会保険に加入したり、有給休暇を取得した際の給与支払いなどいろいろなコストを負担しなくてはならなくなる。

 

例えば3人で仕事をまわしていたが、1人が辞めたとしよう。

この場合雇い主からすれば、もう1人雇って3人に8時間働いてもらうよりも、2人に12時間働いてもらった方が、安く済む。

残業代を払ってもおつりがくるだろうが、払われない場合もある。

 

もしくは、3人のうち1人を正社員ではなくパート・アルバイトとして雇用することでコストを抑えるだろう。

 

正社員は望んでいないのに長時間の労働を課せられ、パート・アルバイトの人は給与が少ないので長時間労働をしたり、場合によっては仕事を掛け持ちし働くことになる。

 

そして働く人の欲求不満を解消し、おとなしくさせるために、様々な商品が供給されている。

次の仕事を頑張るために、次々と商品を消費するため貯蓄することができなくなる。

もっともっと働きたい

欲しいものがあるので、もっともっと働いて欲しいものを手に入れたい。

そのためには仕事を通じてお金と地位を手に入れる必要がある。

だから長時間働くという場合だ。

 

人間の貪欲には様々な説明があるが、大きく分けて個人の貪欲と他者が関係した社会の貪欲がある。

個人の貪欲

個人の貪欲は他者との関係を度外視した単独アプローチによる貪欲の説明だ。

順番にみてみよう。

1.人間は恒常的に不満をかかえる

人間は恒常的に不満を抱える生き物だ。

そのため、欲望はとどまることを知らない。

 

必要なものがすべてそろっても、不満は消えない。

そのため新しい刺激で不満を解消しようとする。

新しい刺激を得たとしてもすぐに慣れてしまい、また新しい刺激を求める。

 

そのためいつまでたっても物欲は収まらない。

欲望を満たすために働き続ける。

2.稀少なものを求める

人間は希少なものであればあるほど、価値があると考えてそれを求める。

例えば、最高級のリゾート地での贅沢な休日はすべての人が享受できるわけではない。

ごく一部の金持ちだけがそれを享受できるようになる。

 

巨匠の作品は一番わかりやすい例だ。

世界に1つしかない作品は稀少であり、手に入れることで満足感を得ることができる。

オリンピックの金メダルなどもそうだろう。

 

また物でなくても、社会的に稀少という場合もある。

普通の金持ちではとうてい享受できない、大金持ちだけが享受できるものは、「大金持ちしか享受できない」という理由で、どんどん価値をつりあげていくことができる。

3.余暇をコストとして考える

働かないことはコストだと考えるので、働く。

これはパート・アルバイトをしていた人は理解しやすいだろう。

 

シフトにはいっていない日に「家でダラダラしているくらいなら、バイトのシフトをいれてお金を稼げばよかったかな」と考えたことはないだろか。

 

これは、働かないで何かをするメリットと、働いて収入を得るメリットを天秤にかけているためだ。

 

休日は、もし働いていれば手に入った収入が得られないのでコストが高い。

そして所得の多い人ほど、余暇の時間を過ごすためのコストは高くなる。

 

時給1000円の人に比べると、時給3000円の人の方が休日に失うコストが高くなる。

収入が増えれば増えるほど、休まずに働いた方が「得」になるのだ。

 

また、休日のリターンと労働のリターンを同じものにするために、人は余暇の収穫を増やそうとする。

 

道具や機械を使うと生産性が上がるのと同じように、小道具や仕掛けを用いることで余暇の収穫を上げようとする。

 

そのため、ただ海や山へ旅行に行くだけでは不十分だ。

収穫を上げるには、最新のアウトドアグッズ一式や、キャンプセット、バーべーキューやスキューバダイビング、サーフボード、釣りをするための道具など様々なものに投資しなければならない。

 

実り多い余暇を手に入れるためには、様々な道具で余暇の収穫を増やす必要がある。

それらを揃えるためにもがむしゃらにに働かなければならない。

社会の貪欲

個人の貪欲は他人との関りがなかった単独のアプローチだったが、社会の貪欲は自分の欲しがるものを他人と比較している。

他人比較する相対的なニーズのため、終わりがない。

 

ステータス消費ともいう。

1.バンドワゴン効果による消費

「みんなが持っているから自分も欲しくなる」という消費。

みんなと同じでいたい、乗り遅れたくないという理由もある。

子供が特にこの傾向が強い。

 

「〇〇君が持っているからわたしも欲しい」というわけだ。

その欲望を満たすために親がせっせと働くことになる。

2.スノッブ効果による消費

「みんなが持っていないから欲しくなる」というタイプの消費。

他の人と違っていたい、人に差をつけたい、「その他大勢」とは違うということを見せつけたいといった理由から消費する。

スノッブ効果による消費は、高価である必要はないが、持ち主に優越感をもたらす。

 

マイナーな音楽を聴く、知る人ぞ知る店に行く、アングラ劇を見に行くなどといったことが当てはまる。

3.ヴェブレン効果による消費

 「値段が高いと広く知られているから欲しくなる」消費。

みんながその商品の値段が高いということを知っているものを買うことで自分の財力を他人に示すことができる。

 

ランボルギーニなどの高級車を買ったり、高級ブランドのロゴが付いた商品を買うことが当てはまる。

個人の貪欲と社会の貪欲は結びついている

個人の貪欲と社会の貪欲は密接に結びついている。

例えば「稀少性」があるから、「スノッブ効果」があり、他人と違うことを認識することで、優越感を得ることができる。

 

センスがいいと考えている人が「上質なモノ」を選ぶのは、そのモノ自体がよいことに加えて、それを買うことによって、自分のセンスの良さや富をアピールできるからだろう。

まとめ

バブル崩壊以降所得が伸びていないので、余裕がなく働かざるを得ない。

パート・アルバイトの不安定な雇用が増えると同時に、今まで働いていた正社員の負担は増えている。

 

仕事が辛いので勤労意欲を上げるために消費に走る。

収入の多くはステータス消費として消えていく。

 

以下ループ。

だからいまだに長時間労働は続いている。

 

このループから抜け出すには、消費との関係を見つめなおす必要がある。

必要なものと余分なものを見極めることができれば、かなり楽になるはずだよ。

出典

今回の記事は、以下の本を参考にしています。

タイトルが物々しいが、原題は「How much enough?」(どれくらいで十分?)と優しいタイトルだ。

面白いのでおすすめ。